ボクシングの歴史には、数々の名勝負や偉大なチャンピオンの活躍が刻まれています。
しかし、その裏には、思わず驚くような珍事件や伝説的なエピソードも数多く存在します。
今回のコラムでは、実際にボクシング界で起こった“信じられないような出来事”を5つ厳選してご紹介。
ボクシングファンなら「こんなことが本当にあったのか!?」と驚くこと間違いなしです。
マイク・タイソンの「耳噛み事件」— 禁断の反則行為(1997年)

1997年6月28日、ネバダ州ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで、マイク・タイソンとイベンダー・ホリフィールドの再戦が行われました。
この対戦は、ボクシング史上最も物議を醸した試合の一つとして知られています。
試合の背景
初戦でホリフィールドに敗れたタイソンは、再戦での雪辱を誓っていました。
試合は序盤からホリフィールドが優勢に進め、第3ラウンドでタイソンはフラストレーションを募らせます。
そして、そのラウンド中にタイソンはホリフィールドの右耳に噛みつき、一部を噛みちぎるという前代未聞の行為に及びました。
事件の詳細
第3ラウンド、タイソンはホリフィールドの右耳に噛みつき、約2センチを噛みちぎりました。
ホリフィールドは激痛に苦しみながらも、このラウンドを戦い抜きました。
試合は一時中断されましたが、ドクターチェック後に再開されました。
しかし、タイソンは再びホリフィールドの左耳にも噛みつこうとし、試合は中止となり、タイソンの失格負けが宣告されました。
その後の影響
耳噛み事件を受け、タイソンには18か月の謹慎処分と罰金が科されました。
さらに、ネバダ州アスレチック・コミッションから一時的なライセンス停止処分を受け、試合に出場できなくなりました。
ボクシング史上最悪の反則行為として語り継がれ、タイソンのキャリアに大きな影響を与えた事件となりました。
その後、1998年にライセンスが再発行され、復帰が認められています。
なお、最近ボクシングに興味を持ち出した筆者も、マイク・タイソンの耳噛み事件は鮮明に記憶に残っています。
衝撃的でしたよね。
フロイド・メイウェザーの「奇襲KO」— スポーツマンシップの限界?(2011年)

2011年9月17日、ネバダ州ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで、フロイド・メイウェザーとビクター・オルティスのWBCウェルター級タイトルマッチが行われました。
この試合は、予期せぬ結末で観客を驚かせました。
試合の背景
メイウェザーは1年4ヶ月ぶりの復帰戦であり、オルティスは初防衛戦でした。
試合は序盤からメイウェザーが優勢に進めていました。
事件の詳細
第4ラウンド、オルティスはメイウェザーに故意の頭突きを行い、レフェリーは試合を一時中断し、オルティスに減点を科しました。
オルティスはメイウェザーに謝罪し、両者がグローブを合わせた直後、レフェリーが試合を再開する前に、メイウェザーは左フックと右ストレートを放ち、オルティスをノックアウトしました。
動画7:20あたりから、反則→不意打ちの流れが見れます。
その後の影響
不意打ちによるKOはルール上問題ないとされましたが、多くのファンや専門家からはスポーツマンシップに欠けるとの批判が上がりました。
メイウェザーは試合後のインタビューで、「リング上では常に自分を守るべきだ」と述べ、自身の行為を正当化しました。
この試合は、ボクシングにおけるフェアプレーの境界線を考えさせる出来事として語り継がれています。
カーティス・ハーパーの試合放棄— リングからの突然の退場(2018年)

2018年8月24日、ミネソタ州ミネアポリスのアームリーで、カーティス・ハーパーとエフェ・アジャグバのヘビー級試合が組まれました。
しかし、ゴングが鳴った直後に前代未聞の出来事が起こります。
試合の背景
アジャグバは無敗の新鋭として注目されており、ハーパーは経験豊富なベテランとしてこの試合に臨みました。
事件の詳細
試合開始のゴングが鳴ると、ハーパーはなんとリングの外へ向かって歩き出しました。
彼はコーナーのロープをくぐり抜け、そのまま会場の出口へと向かってリングを降りてしまったのです。
解説者や観客は唖然とし、レフェリーも一瞬何が起こったのかわからない様子でした。
その後、ハーパーはリングに戻ることなく試合放棄とみなされ、公式記録上「1ラウンド0秒 TKO負け」 が宣告されました。
この不可解な行動については、報酬に関する不満が原因とされています。
その後の影響
この試合放棄の事件は広く報じられ、ボクシング界でも大きな話題となりました。
対戦相手だったエフェ・アジャグバはその後も快進撃を続け、ヘビー級戦線で活躍するボクサーへと成長していきました。
一方のカーティス・ハーパーは、この試合放棄により一時的に批判を受けたものの、後にリングへ復帰。
事件後も数試合を戦いましたが、トップ戦線に食い込むことはありませんでした。
オリバー・マッコールの涙— リング上での精神崩壊(1997年)

1997年2月7日、WBC世界ヘビー級王座決定戦で、レノックス・ルイスとオリバー・マッコールの再戦が行われました。
この試合は、ボクシング史上最も奇妙な試合の一つとして記録されています。
試合の背景
マッコールは、1994年にルイスをTKOで破り、WBC世界ヘビー級王座を獲得。
しかし、1995年にフランク・ブルーノとの試合で敗れ、王座を失いました。
一方、ルイスはランキング上位を維持し、ついにWBC王座をかけた再戦が決定。
ルイスにとっては雪辱を果たす機会であり、マッコールにとっては再び王者に返り咲くための大一番でした。
事件の詳細
試合開始直後からルイスがペースを握り、マッコールはほとんど攻撃を出せないまま時間が経過していきました。
そして第4ラウンド、マッコールの動きが急に変わります。
ガードを下げたままパンチを出さず、無表情でリングを歩き回るだけの状態になったのです。
ラウンド終了後のコーナーでは涙を流し、精神的に動揺している様子が見られました。
レフェリーは何度も試合を続けるよう促しましたが、マッコールは反応せず、第5ラウンドでも無表情のままリングを歩き続けるだけでした。
試合に集中している様子はなく、レフェリーは戦意なしと判断し、試合をストップ。
こうして、ルイスのTKO勝利が宣告されました。
その後の影響
試合後、マッコールの精神状態についてさまざまな憶測が飛び交いました。
試合前から精神的に不安定だった可能性が指摘されており、1997年4月には精神病院に入院しています。
その後、療養を経てリングに復帰し、50代まで現役を続けました。
母親がリングに乱入—トニー・ウィルソン対スティーブ・マッカーシー戦(1989年)
1989年、ボクシングの試合において「母親が乱入し、対戦相手を攻撃する」 という前代未聞の事件が起こりました。
試合の背景
トニー・ウィルソンは、1987年12月に英国ライトヘビー級王座を獲得したボクサーです。
その後、1989年3月の試合でトム・コリンズに敗れ、タイトルを失います。
巻き返しを狙う中で迎えたのが、スティーブ・マッカーシーとの一戦でした。
衝撃の母親乱入
試合は進み、第3ラウンドでウィルソンはノックダウンを喫しました。
その後、ロープ際で防戦一方となったところで、ウィルソンの母親がリングに乱入。
手に持っていたハイヒールでマッカーシーを攻撃しました。
試合は一時中断し、会場は騒然としました。
試合の結末
マッカーシーは、ウィルソンの母親の乱入による混乱の中で試合続行を拒否。
その結果、レフェリーはTKO負けを宣告し、ウィルソンが勝者と認定されました。
納得のいかない判定に観客の不満が爆発し、大ブーイングが巻き起こりました。
YouTubeに当時の映像も残っています。
公式記録が見つからないので、詳細は不明なのですが、この動画の解説によると
「マッカーシーが試合拒否→レフェリーがウィルソンを勝ちにする→会場からのブーイング、観客同士の喧嘩」
の流れみたいです。
その後の影響
試合結果を受け、英国ボクシング管理委員会(BBBofC)はウィルソンの勝利を認めつつ、再戦を指示しました。
しかし、マッカーシーは再戦を辞退。
結局、この事件は再試合も行われないまま決着となりました。
まとめ
今回紹介した5つの珍事件は、どれもボクシングの歴史に残る衝撃的な出来事と言えるでしょう。
ボクシングは「紳士のスポーツ」とも呼ばれますが、その裏には予測不能なドラマが潜んでいます。
リング上で繰り広げられる激闘だけでなく、歴史に刻まれた異例の瞬間にも目を向けると、ボクシングの奥深さがより感じられるかもしれません。
